朗吟(ろうぎん)は邪穢(じゃあい)を蕩滌(とうてき)し、飽滿(ほうまん)を斟酌(しんしゃく)し、 血脈(けつみゃく)を動盪(どうとう)し、精神(せいしん)を流通(りゅうつう)し、 其(そ)の中(ちゅう)和(わ)の徳(とく)を養(やしな)って 氣(き)質(しつ)の偏(へん)を救(すく)うものなり。
朗吟が、どのようなものであって、どのような効用があるかを、『書経』の舜帝の語(ことば)に孔子が付けたといわれる「注釈」を基に説明しています。 なお、孔子注釈と類似内容が『史記』の「楽書」に記されています。
(詩歌などを声高らかに吟じる)朗吟は、心の中のよこしまで汚れた考えを洗い清め、満ち足りて(反応が)鈍くなった心をほどよく調整します。 朗吟は、血液の流れに適度の刺激を与えて血流を改善し、心には生気をみなぎらせます。 朗吟は、過不足無く偏らない温和な品性(中和の徳)を養い、気だて(気性)が偏るのを防ぎます。
「吟道」は、心身の根元となる活動力としての「気」を養い育てる「道」です。人の生命(いのち)は「気」の盛衰にかかっています。「気」が衰え尽きてしまうと死に至ります。 「気」は自ら努力して養わないと、盛んになりません。外部から与えられるものではありません。
<注> 第1段落は、「書経」に孔子が付けたといわれる「注釈」を基にして成文化されたとのことです。ただし、一般居住地域の公立図書館で閲覧できる「書経」ないしは「尚書」関連書籍では、当該「注釈」部分を探すのは難しいようです。『史記』の「楽書」には孔子注釈と類似内容が分かれて記されています。参考文献⑤~⑫を参照 第2段落は、「気」を『孟子』公孫丑章句上の第2章(孟子の思想の特徴をよく示す章といわれる)の一部を基に説いています。参考文献⑬、⑭ および ⑩-4を参照 第3段落は、「正風」が「詩経」にある「国風」のうちの「正風」を指すことを承知の上で、「正風」を「吟道」に置き換えた通釈を試みました。なお、「正風」は、戦後、「皇風」から置き換えられたものです。
「書經集註 宋蔡沈集傳」 巻一 書經集傳序の一部 「邪穢を蕩滌し、飽滿を斟酌し、血脈を動盪し、精神を流通し、其の中和の徳を養って氣質の偏を救うものなり。」の原文(孔子註)が記されています。 ※《国会図書館で閲覧可》 なお、 サイト「黙斎を語る」のトップページ上の「朱子学の基本となる書」をクリックし、「六經 書經集註」から、「虞書」中の「 舜典」をクリック、「舜典」欄下方で 「原文と読み」を閲覧できます。
「全釈漢文大系」第2巻 『孟子』 103~104頁 宇野精一著 集英社 昭和61年9月30日4刷発行 「敢問、何謂浩然之氣。曰、難言也。其爲氣也、至大至剛以直、養而無害、則塞乎天地之閒。其爲氣也、配義與道。無是餒也。是集義所生者、非義襲而取之也。行有不慊於心、則餒矣。」と書き下し文・通釈
「新釈漢文大系」第4巻 『孟子』 95~96頁 内野熊一郎著 明治書院 昭和52年7月15日28版発行 「敢問、何謂浩然之氣。曰、難言也。其爲氣也、至大至剛、以直養而無害、則塞于天地之間。其爲氣也、配義與道。無是餒也。無是餒也。是集義所生者、非義襲而取之也。行有不慊於心、則餒矣。」と書き下し文・通釈 なお、文献⑬と⑭は、サイト「黙斎を語る」のトップページ上の「朱子学の基本となる書」をクリックし、「四書 孟子集註」から、「公孫丑」をクリック、孟子卷之二 公孫丑章句上 欄下方で を閲覧できます。
帝(てい)曰(いは)く、「虁(き)よ、汝(なんぢ)に樂(がく)を典(つかさど)り、冑(ちう)子(し)を教(をし)ふることを命(めい)ず。直(ちょく)なるも而(よ)く溫(おん)、寬(くわん)なるも而(よ)く栗(りつ)、剛(がう)なるも而(よ)く虐(そこな)ふこと無(な)く、簡(かん)なるも而(よ)く傲(おご)ること無(な)かれ。 詩(し)は志(こころざし)を言(い)ひ、歌(か)は言(げん)を永(えい)じ、聲(せい)は永(えい)に依(よ)り、律(りつ)は聲(せい)を和(わ)す。八音(はちいん)克(よ)く階(かい)し、倫(りん)を相(あひ)奪(うしな)ふこと無(な)くんば、神人(しんじん)以(もっ)て和(わ)せん」と。虁(き)曰(いは)く、「於(ああ)、予(われ)石(いし)を撃(う)ち石(いし)を拊(う)てば、百(ひゃく)獸(じう)率(みな)舞(ま)ふ」と( )。
帝( )は(次に楽官を任命せんとして)言うに、「虁よ、なんじに音楽( )をつかさどり、長子らを教えることを命ずる。(音楽によって性情を陶(とう)冶(や)した結果)正直であるがよく温和であり、寛容(ゆるやか)であるがよく秩序立て、剛強( )であるがよく(人を)損なうことなく、大まかであるが(人に)おご( )らないようにしなければならぬ。 (いったい)詩( )は(人の意)志を表すものであるが、歌は(その詩の)ことばを詠(うた)うものであり、(その)詠(うた)(いかた)によて(高低や曲折の五)声をつけ、その(五)声を(六)律(と六呂(りくりょ)と)で調和するのである。(かくして)八( )(つの楽器の)音がよく調和( )して、(その)順( )序を相失うことがなければ、(これに感応して)神( )と人とが和合する(に至る)であろう」と。 虁( )が言うに、「ああ、私が(強くまた軽く)磬(けい)を打ち鳴らしますと、百( )獸までもが(これに感じて)みな舞( )い(だし)ます。」と。
帝( )曰、「虁、命汝典樂、教冑子。直( )而溫、寬而栗、剛而無虐、簡( )而無傲。 詩言( )志、歌永言、聲依永( )、律和聲、八音克階、無相奪倫、神( )人以和。」虁曰、「於、予撃石拊石( )、百獸率舞。」
帝(てい)曰(いは)く、「虁(き)、汝(なんぢ)に樂(がく)を典(つかさど)り、冑(ちう)子(し)を教(をし)ふるを命(めい)ず。直(ちょく)にして溫(おん)、寬(くわん)にして栗(りつ)、剛(がう)にして虐(そこな)ふ無(な)く、簡(かん)にして傲(おご)る無(な)かれ。 詩(し)は志(し)を言(い)ひ、歌(うた)は永言(えいげん)し、聲(せい)は永(なが)きに依(よ)り、律(りつ)は聲(せい)を和(わ)し、八音(はちいん)克(よ)く階(かい)し、倫(りん)を相(あひ)奪(だっ)する無(な)くして、神人(しんじん)以(もっ)て和(わ)せん」と。虁(き)曰(いは)く、「於(ああ)、予(よ)石(いし)を撃(う)ち石(いし)を拊(う)ち、百(ひゃく)獸(じう)率(よっ)て舞(ま)ふ」と。
帝( )は〔虁に命じて〕いった、「虁よ、汝に音楽を典り、若者( )に教えることを命ずる。〔人の徳は〕正直でしかも温和( )であり、寛弘(心ひろやか)でしかも荘栗(そうりつ)(きびしい)であり、剛毅でしかも他( )人をしいたげることがなく、大まかでしかも他人に傲(たか)ぶらない〔ようでなければならぬ〕。 〔また〕詩( )は志(人が心に思っていること)を言い表し、歌はそれを長( )い音にし、〔歌〕声( )はその長い音によって〔調子を整え〕、六( )律〔六呂〕はその音声を調和させるものだ。か( )くて八( )音がよく調( )和し、しかも調子はずれになることがなければ、〔音( )楽によって〕神( )と人とが和合するであろう。」 虁は〔そこで〕申( )し上げた、「ああ、わたくしが〔あるいは〕石( )〔の楽器〕を〔高〕く撃ち、〔あるいは〕石〔の楽器〕を〔低く〕拊( )って〔音楽を奏すると〕、百獸までも舞( )います。」
舜( )曰、然。以虁爲典樂、教穉子。直( )而溫、寬而栗、剛而無虐、簡( )而無傲。 詩言( )意、歌長言、聲依永( )、律和聲、八音能階、母相奪倫、神( )人以和。虁曰、於、予、撃石拊石( )、百獸率舞( )。
舜(しゅん)曰(いは)く、然(しか)り、と。虁(き)を以(もつ)て典樂(てんがく)と為(な)し、穉(ち)子(し)を教(をし)へしむ。直(ちょく)にして而(しか)も溫(おん)、寬(くわん)にして而(しか)も栗(りつ)、剛(がう)にして而(しか)も虐(ぎゃく)する無(な)く、簡(かん)にして而(しか)も傲(おご)る無(な)かれ。 詩(し)は意(い)を言(い)ひ、歌(うた)は言(げん)を長(なが)くし、聲(こゑ)は永(なが)きに依(よ)り、律(りつ)は聲(こゑ)を和(わ)す。八音(はちいん)能(よ)く階(やはら)ぎ、倫(りん)を相(あひ)奪(うば)ふこと母(な)くんば、神人(しんじん)以(もつ)て和(わ)せん、と。虁(き)曰(いは)く、於(ああ)、予(われ)、石(せき)を撃(う)ち石(せき)を拊(う)てば、百(ひゃく)獸(じう)率(ひき)ゐて舞(ま)わん、と。
舜( )は、「そうか。よろしい。(虁と龍には別の任を授けよう)」と、いって、虁を音( )楽のことをつかさどる典楽( )に任じて、天子から卿大夫にいたるまでの嫡子( )を教えしめた。さらに舜は、言葉をついで「心は正(せい)直(ちょく)であって、しかも温和を失わない。寛大でしかも謹厳( )でおののくほどにつつしむ。剛毅でしかも暴虐にならないようにする( )。簡易( )でさらっとしているが、しかし傲慢( )にならないようにする( )。すべて偏(かたよ)らないように中庸( )であれ。 詩( )は人の志意( )をのべたものであり、歌はその詩( )を言葉を長くしてうたうものであり、五声は声( )を長く発( )することによって調い、十二律は音声を調和(わ)させるものである。八種の楽器の音がよく調和( )して、その条( )理を乱すことがなければ、神( )も人も、ともにやわらいで性( )情が正しくなるだろう」というと、虁は、それをうけて、「あ( )あ、わたしが、石( )の楽器を或は重く打ち、或( )は軽く打って、(よく八音( )をおさめれば)もろもろの禽獣も、その調( )和のとえた楽に感じて、こぞって舞い始めるだろう」と、(その抱( )負を)のべた( )。
太(たい)史(し)公(こう)曰(いわ)く、(中略) 天(てん)子(し)躬(みずか)ら明堂(めいどう)に於(お)いて臨(のぞ)み觀(み)て、萬民(ばんみん)咸(みな)邪穢(じゃわい)を蕩滌(とうてき)し、飽滿(ほうまん)を斟(しん)酌(しゃく)し、以(もっ)て厥(そ)の性(せい)を飾(かざ)る。 (以( )下略)
太( )史公言う、(中略) このとき天( )子は自ら明堂に臨んで民をみる。 万民はみな天( )子の徳、音楽の化によって邪悪な汚れを洗い去り、飽( )満な欲望を抑制して人の本性を整え美( )しくする。(以( )下略)
太( )史公曰、夫上古明王擧樂者、非( )以娯心自樂、快意恣欲。將欲爲( )治也。正教者皆始於音。 音正而行( )正。故音樂者所以動盪血脈、通流精( )神、而和正心也。故宮( )動脾而和正聖、商動肺而和正義、角( )動肝而和正仁、徴動心而和正禮、羽( )動腎而和正( )智。故樂所以内輔正心、而外( )異貴賤也。上以事宗廟、下以( )變化黎庶也( )。
太(たい)史(し)公(こう)曰(いは)く、夫(そ)れ上(じょう)古(こ)の明王(めいわう)の樂(がく)を擧(あ)ぐる者(もの)は、以(もっ)て心(こころ)を娯(たの)しめ自(みづか)ら樂(たの)しみ、意(い)を快(こころよ)くし欲(よく)を恣(ほしいまま)にするには非(あら)ず。將(まさ)に治(ち)を爲(な)さんと欲(ほっ)せんとするなり。教(をし)へを正(ただ)しくする者(もの)は、皆(みな)音(おん)に始(はじ)まる。音(おん)正(ただ)しくして行(おこな)ひ正(ただ)し。 故(ゆゑ)に音樂(おんがく)は、血(けつ)脈(みゃく)を動盪(どうたう)し精神(せいしん)を通流(つうりう)し、正心(せいしん)を和(やは)らぐる所以(ゆゑん)なり。故(ゆゑ)に宮(きゅう)は脾(ひ)を動(うご)かして正聖(せいせい)を和(やは)らげ、商(しゃう)は肺(はい)を動(うご)かして正(せい)義(ぎ)を和(やは)らげ、角(かく)は肝(かん)を動(うご)かして正仁(せいじん)を和(やは)らげ、徴(ち)は心(しん)を動(うご)かして正禮(せいれい)を和(やは)らげ、 羽(う)は腎(じん)を動(うご)かして正(せい)智(ち)を和(やは)らぐ。故(ゆゑ)に樂(がく)は、内(うち)は正心(せいしん)を輔(たす)けて、外(そと)は貴(き)賤(せん)を異(こと)にする所以(ゆゑん)なり。上(かみ)は以(もっ)て宗廟(そうべう)に事(つか)へ、下(しも)は以(もっ)て黎庶(れいしょ)を變化(へんくわ)するなり( )。
太( )史公いう、上古の聖明な王が音楽を奏したのは、それで己( )の心をたのしませ自らが楽しんで、気持ちが愉快になり、欲( )をほしままにするためでなく、それによって社会の平治を致( )そうと欲したからである。教化を正しくするには皆音楽から始( )まる。その音( )が正しくなると行いが正しくなる。 それゆえ、音( )楽は人の血脈をゆり動かし、精神を障りなく貫き流れ、正しい心を調和させるのであ( )る。宮(きゅう)・商(しょう)・角(かく)・徴(ち)・羽(う)という五音(声)の宮声は、脾臓を動かして正聖に和( )し、商声は肺臓を動かして正義に和し、角声は肝臓を動( )かして正仁に和し、徴声は心臓を動かして正礼に和し、羽( )声は腎臓を動かして正( )智に和らぎ化するのである。従って楽は、内は己の正しい心( )をたすけ、外は貴賤の別を正しく分ける働( )きをするものであって、上は宗廟に奏して神霊に事( )え、下は庶民にうたわれて人を善化する働( )きとなる( )。
德(とく)は性(せい)の端(たん)なり。樂(がく)は德(とく)の華(くわ)なり。金石(きんせき)絲(し)竹(ちく)は、樂(がく)の器(き)なり。 詩(し)は其(そ)の志(こころざし)を言(い)ふなり。歌(うた)は其(そ)の聲(こゑ)を詠(えい)ずるなり。舞(まひ)は其(そ)の容(かたち)を動(うご)かすなり。三(み)つの者(もの)心(こころ)に本(もと)づき、然(しか)る後(のち)樂(がく)氣(き)之(これ)に從(したが)ふ。
徳( )は人間性に発するものであるから、性の端緒である。徳の形( )象となってあらわるるものが楽であるから、楽は徳の栄華( )である。金石糸竹などは音楽の器物である。楽は詩と歌と舞( )の三つからなるが、 詩は内なる志想を表現する言詞であり( )、歌( )はその声を調子( )につけて表現するものであり、舞はその動く容姿( )でみな徳を表現するものである。この言詞と歌曲と容姿の三( )つは心に本( )づくもので、心があって志があり、志があって声となり( )、志が舞( )となって表現されるものだから、志と声と舞の三( )つが融( )合し、従って楽の気分が生ずる。
土(つち)敞(つひ)ゆれば則(すなは)ち草木(さうもく)長(ちゃう)ぜず、水(みづ)煩(わづら)はしければ則(すなは)ち魚鼈(ぎょべつ)大(だい)ならず、 氣(き)衰(おとろ)ふれば則(すなは)ち生物(せいぶつ)育(そだ)たず、世(よ)亂(みだ)るれば則(すなは)ち禮(れい)廢(すた)れて樂(がく)淫(みだ)る。
喜怒(きど)哀樂(あいらく)の未(いま)だ發(はっ)せざる、之(これ)を中(ちゅう)と謂(い)ひ、發(はっ)して皆(みな)節(せつ)に中(あた)る、之(これ)を和(わ)と謂(い)ふ。 中(ちゅう)なる者(もの)は天(てん)下(か)の大本(たいほん)なり。和(わ)なる者(もの)は天(てん)下(か)の達道(たつだう)なり。
《古( ):漢唐時代らしい古注的解釈》 喜( )怒哀楽(の情は事によって生ずるが、それ)がまだ発動しない(虚( )静な)状態を、中といい、発動しても、みな節度にかなっているのを、和( )という。 中というものは(情欲がまだ発動せずして、人( )の性の初( )本であるから)天下( )の大本であり、和というものは(情欲が発動( )していても、道理に和合していて通達流行しうるから)天下の( )達道である。( ) 《新( ):南宋の朱熹(朱子)の注に基づく訳文》 喜( )怒哀楽(の情)がまだ発動しないのを(それは性であって偏( )りがないから)中といい、発動してみな節度にかなうのを、(それは( )情の正しいものであってもとることがないから)和という。 中( )というのは、天下の大本(すなわち、天( )命の性であって、天下の理( )はみなここから出て来る、道の本体)である。和というのは天下( )の達道(すなわち、性に従う意であって、天下古今のものがみなそ( )れによって行う、道の働き)である。( )
喜怒(きど)哀樂(あいらく)の未(いま)だ發(はっ)せざる、之(これ)を中(ちゅう)と謂(い)ふ。發(はっ)して皆(みな)節(せつ)に中(あた)る、之(これ)を和(くわ)と謂(い)ふ。 中(ちゅう)なる者(もの)は、天(てん)下(か)の大本(たいほん)なり。和(くわ)なる者(もの)は天(てん)下(か)の達道(たつだう)なり。中(ちゅう)和(くわ)を致(いた)して、天(てん)地(ち)位(くらゐ)し、萬物(ばんぶつ)育(いく)す。
(さ( )て人の行ないは、物ごとにふれて、感情の動きとなることから始( )まるが、その感情が)喜・怒・哀・楽などとなって外に表われる前( )(に、心の平正さがあるべきである、)それを中という。この中( )が表( )われると(その行ないは)、すべて物ごとの節( )度に合致するこ( )とになる、これを和という。 (だから)中こそは、天下(が秩序正しく治( )まるため)の大根本である。和こそ天下(に)あまね( )く(実現すべき)道( )である。(このようにして)中と和とを実現( )しつくせば、(人間世界( )ばかりでなく)全宇宙の秩序がいささかのくるいもなくなり、ありと( )あらゆるものがその生長をとげて、(全宇宙が繁栄( )するのである)( )。
敢( )問、夫子惡乎長。曰、我知言。我善( )養吾浩然之氣。 敢問、何謂浩然( )之氣。曰、難言也。其爲氣也、至( )大至剛以直、養而無害、則塞乎( )天地之閒。其爲氣也、配義與道( )。無是餒也。是集義所生者、非義襲( )而取之也。行有不慊於心、則餒矣( )。我故曰、告( )子未嘗知義。以其之外也( )。
「敢(あへ)て問(と)ふ、夫(ふう)子(し)惡(いずく)にか長(ちゃう)ぜる」と。曰(いは)く、「我(われ)、言(げん)を知(し)る。我(われ)善(よ)く吾(わ)が浩然(かうぜん)の氣(き)を養(やしな)ふ」と。 「敢(あへ)て問(と)ふ、何(なに)をか浩然(かうぜん)の氣(き)と謂(い)ふ」と。曰(いは)く、「言(い)ひ難(がた)きなり。其(そ)の氣(き)爲(た)るや、至(し)大(だい)至(し)剛(がう)以(もっ)て直(ちょく)、養(やしな)うて害(がい)すること無(な)ければ、則(すなは)ち天(てん)地(ち)の閒(あひだ)に塞(ふさ)がる。其(そ)の氣(き)爲(た)るや、義(ぎ)と道(みち)とに配(はい)す。是(これ)無(な)ければ餒(う)う。是(こ)れ集(しふ)義(ぎ)の生(しゃう)ずる所(ところ)の者(もの)にして、義(ぎ)襲(おそ)うて之(これ)を取(と)るに非(あら)ざるなり。行(おこな)ひ心(こころ)に慊(こころよ)からざること有(あ)れば、則(すなは)ち餒(う)う。我(われ)故(ゆゑ)に曰(いは)く、『告(こく)子(し)は未(いま)だ嘗(かっ)て義(ぎ)を知(し)らず』と。其(そ)の之(これ)を外(ほか)にするを以(もっ)てなり。
「は( )なはだ差し出がましいお尋ねでありますが、先生は何がお( )得意であられますか」 孟子「私は人の言を知ることができ、我( )が浩然の気を養うことができる」 「なおお尋ねいたしますが( )、いったい浩然の気とは、どういうものでございます」 孟( )子( )「ことばでは説( )明しにくい。が、ま、その気というものは、いたって大( )、いたって剛、そして直、害することなく養っていけば、広( )大なる天地の間にも充満するほどのものだ。また、その気と( )いうものは、義と道とに配( )合するもので、もし道義がなければ飢えてしぼんでしまう。つ( )まりこの気は、内に義を集積した結果、生ずるものであって、外( )にある義が入り込んできて浩然の気ができる、など( )というもので( )はないのだ。自( )分の行為に何か心にやましいことがあると、その気は飢えてしま( )う。だから、告( )子はまったく義をしらぬ、と私はいうのだが、それは( )彼が内なる義を外のものとしているからであ( )る。
敢( )問、夫子惡乎長。曰、我知言。我善( )養吾浩然之氣。 敢問、何謂浩然( )之氣。曰、難言也。其爲氣也、至( )大至剛、以直養而無害、則塞于( )天地之間。其爲氣也、配義與道( )。無是餒也。是集義所生者、非義襲( )而取之也。行有不慊於心、則餒矣( )。我故曰、告( )子未嘗知義。以其之外也( )。
敢(あへ)て問(と)ふ、夫(ふう)子(し)惡(いずく)にか長(ちゃう)ぜる、と。曰(いは)く、我(われ)言(げん)を知(し)る。我(われ)善(よ)く吾(わ)が浩然(かうぜん)の氣(き)を養(やしな)ふ、と。 敢(あへ)て問(と)ふ、何(なに)をか浩然(かうぜん)の氣(き)と謂(い)ふ、と。曰(いは)く、言(い)ひ難(がた)きなり。其(そ)の氣(き)たるや、至(し)大(だい)至(し)剛(がう)、直(ちょく)を以(もっ)て養(やしな)うて害(がい)すること無(な)ければ、則(すなは)ち天(てん)地(ち)の間(あひだ)に塞(ふさ)がる。其(そ)の氣(き)たるや、義(ぎ)と道(みち)とに配(はい)す。是(これ)無(な)ければ餒(う)う。是(こ)れ集(しふ)義(ぎ)の生(しゃう)ずる所(ところ)の者(もの)にして、義(ぎ)襲(おそ)うて之(これ)を取(と)るに非(あら)ざるなり。行(おこなひ)心(こころ)に慊(こころよ)からざること有(あ)れば、則(すなは)ち餒(う)う。我(われ)故(ゆゑ)に曰(いは)く、告(こく)子(し)は未(いま)だ嘗(かっ)て義(ぎ)を知(し)らず、と。其(そ)の之(これ)を外(そと)にするを以(もっ)てなり( )。
公( )孫丑がいう、「しいてたずねますが、先生は告子に比べて( )、どういう点でまさっていますか。」と。孟子がいうに、「私は善く他( )人の言葉を理解するし、又私は善く吾が浩然の気を養う( )ものである。(この二つは告子にないところで、自分はこれに( )よって不動( )()心を得たのである。)」と。公孫丑が言う、 「なおし( )いておたずねしますが、浩然の気とは、どういうものですか。」と( )。そこで、孟子がいうに、「それはなかなか説明しにくい。その気( )というのは( )、この上な( )く大きく、この上なくつよいもので、正しい道を以てこれを養い、そ( )こなうことがなければ、この気はますますひろくゆき渡り、天地の( )間に一ぱいにみちるようになる。この気たるも( )のは、正義と人道( )とに配( )合されてあるものであって、決( )してそれとはなればなれになること( )は出来ない。もし義と道から離れれば、気は飢えて、活( )動が( )出来なくなってしまう。この気というのは、たくさんの道義の行( )ないがかさなって後、自然に生じて来るものであって、一時的( )に義が外( )からやって来て、その義をちょっと行なったら、もうすぐ浩( )然の気がえ( )られる、というようなものではない。人の行為において、道義を欠( )いたために、何か心に不満( )足なことがあれば、この浩然の気は飢( )えてしまう。(このように、自分の心の中に、道義をつ( )みかさねてゆ( )くのこそ、浩然の気を得るもとであるのに、告子は、ただ心を乱( )すことばかり恐( )れて、義を行なって気を養うことを努めない。)故に自( )分は、『告子( )はまだかって義というものを知らない。』と言うのだ。なぜならば、彼は義( )というものを、わが心の中( )にあると思わず、身の外にあるもの、としているからである。」( )
吟道精神 朗吟(ろうぎん)は邪穢(じゃあい)を蕩滌(とうてき)し、飽滿(ほうまん)を斟酌(しんしゃく)し、 血脈(けつみゃく)を動盪(どうとう)し、精神(せいしん)を流通(りゅうつう)し、 其(そ)の中(ちゅう)和(わ)の徳(とく)を養(やしな)って 氣(き)質(しつ)の偏(へん)を救(すく)うものなり。 吟道(ぎんどう)は氣(き)を養(やしな)うの道(みち)なり。 人(ひと)の生(せい)や氣(き)なり。氣(き)竭(つ)くれば死(し)す。 氣(き)は以(もっ)て養(やしな)わざるべからず。 正風(せいふう)六合(りくごう)に洽(あまね)く、一聲(いっせい)士氣(しき)高(たか)し。 吟(ぎん)じ終(おわ)りて清風(せいふう)起(おこ)る。一吟(いちぎん)天(てん)地(ち)の心(こころ)。
左に掲げる「吟道精神」は、昭和34年(1959)~昭和36年(1961)、日本詩吟学院総本部発行「第一~第四皇漢名詩の吟じ方」に掲載の「吟道精神」です。その写真を下に掲げます。 この「吟道精神」は、日本詩吟学院岳風会の現行教本と実質同一内容です。上記1行目と2行目のアンダーライン2箇所の「て」を「、」に換えただけで、「日本詩吟学院岳風会」の現行教本掲載「吟道精神」となっています。 日本吟道学院の教材(「吟道教典」・「吟道範典」)に掲載の「吟道精神」には、左に掲げる「吟道精神」が掲載されています。